2012年7月27日金曜日

トライアル合格

映画祭の字幕制作メンバー募集のトライアルを受け、合格した。

これまで、ウェブサイトの翻訳に落ち、
学校のトライアル、出版の翻訳オーディションに
それぞれ3度づつ落ちている。
「合格」って初めて。

たまには、報われるんだな。
続けてきてよかった。

嬉しいのだけど、まだ、いまいちピンと来ていない。
全然実感がわかなくて。
担当や日程など具体的な話は、これから。

2012年7月13日金曜日

撃ち方始め

学校のコースを修了してしまうと、
あとは年数回のトライアルだけが学校とのつながり。

目指しておいて、アレなんですが、まぁ、別に「映像翻訳者」でなくてもよいと思っている。
映像翻訳って、ジャンルというよりも、アウトプットの仕方の区分のひとつである。
文字数だの尺あわせだのルールは特殊だけれど、面白いと思えるかどうかは、
そこで何を伝えようとしているのかである。
私は、物語なりメッセージなりを伝える役目であれば、
映像にのるものや、紙に印刷されるもの、
あるいは、ディスプレイに映し出されるもの、
何でも機会があれば翻訳をしたいと思う。

そんな訳で、映像のトライアルの合間に、
出版のオーディションにもスケジュールがあえば応募している。
先日、一次選抜に残った10名ほどの名前に私が含まれていてびっくりした。

淡い期待を寄せていたが、世の中そんなに甘くなかった。
こういうトライアルの場合、「惜しい」は、ただの気休めである。
合格以外は不合格。訳者になれないなら、そこに違いはない。

訳例と解説、原文を読みながら、自分の原稿とつき合わせていると、
「こんな解釈や言葉選びはよくない」の落とし穴に
ずぶずぶ足を突っ込んでいた。私の場合は、全然惜しくもなかった。

下手な鉄砲でも数撃てば…というわけにはいかない。
下手なら絶対に当たらないものだ。

でも、撃たないと上手くならない。
今後も応募し続けよう。

2012年5月5日土曜日

今後の課題

独学は、なかなかモチベーションを保つのが難しい。

通学の良さは、スケジュール管理をされることだ。
また、やる気が下がった時に、
授業で恥をさらしたくないという思いが
背筋をしゃんとさせる。


自分でやってみようと練習していると、
ふと手を止めて、時々、むなしい気持ちになる時がある。 
これがんばって、意味あんのかな?と頭をよぎる。

だらだらしないように、続けられる「仕組み」を自分なりに考えないといけないなあと思う。

2012年5月4日金曜日

DVDが先生

ドキュメンタリーの翻訳を勉強したいけれど、
ナショジオやディスカバリーのDVDなどは、近くのツタヤに置いていない。

先日、学校の面談で、何かありますかと言われたときに、
・ドキュメンタリーのDVDを勉強したくても、近所においていなくて困っている。
・ウェブで観る環境であるが、字幕版は少ない。
・ウェブの配信は録画ができない。
と言った。

(字幕版)あるんじゃないですか?
DVDになってるんですから。
(ウェブの配信を)録画すればいいんじゃないですか?という回答。

まぁ、ストリーミングをキャプチャするソフトもっていますけどね、
みんなは、どうしているのかを聞きたかった。
みんな、キャプチャのソフト使っているのかなあ。

それに、録画だと字幕のテキストデータが抜けないので
データとしてDVDが一時的に手元に欲しいのである。

英語をディクテーションするのも、まぁ勉強にはなるだろうけれど
合ってるかどうかも、確認できないし、翻訳にたどり着くまでに力尽きそう。

”写経”するのが勉強になりますよ、などと言われた。

そりゃ、なるほどね、って思う字幕はあると思うけど、
原文を確認できないまま
放送を観ながら、訳された日本語だけをただ書き写す「作業」に
その時間の投資に見合った大きな効果があるのだろうか。

今は、ゼロから1にする練習を、
観てるだけでなく、手を動かしたい。
字幕をデータでテキストファイルで抜いて、
ハコきって、自分で訳してみようかなと思っている。

そこで、何かよい知恵はないものかと聞いてみたけれど、
学校側のスタンスとしては、「だったら買えば?」ということだった。

家賃もギリギリなのに、DVDなど買えないわ。
まぁ、つまり、手立てはないらしいので、
 郵送で借りるサービスを検討しよう
  
とりあえず、近所のツタヤを覗く。
エロコーナーの入り口に約1m幅の棚にドキュメンタリーコーナーが申し訳程度にある。
うち、英語版のものは、4列程度。
さらに、 英語字幕データが入っていないものが多く、選択肢はさらに狭い。

一番よさそうだった「ディープ・ブルー」を借りた。


至近距離でのサメや、魚の群れの映像が、すごい。ナレーションが少ないので、まずは1本訳してみるにはいいかも。
ひとまず、これで勉強しよう!

2012年5月2日水曜日

重要なのは日本語?

英語力か、それとも日本語力か、どちらのほうが重要か?
翻訳をめぐる話で、よくあるトピックである。

片方が欠けたら、意訳は成り立たないものであり
この手の話は、どうも不毛な議論に思えてならなかった。

先日、とある先生は、どちらも重要に決まっているが、”最後は日本語”と仰った。

この問いの、「日本語力」について、私は長い間誤解をしていた。
単に、インプット(英語、理解)とアウトプット(日本語、表現)を比べているものだと思っていた。
つまり、後者は、いかに美しい文章を綴ることができるか、あるいは、
うまい言い回しができるかをいうのだと。

彼の指す「日本語」は、そうではない。
母語という意味だった。
理解して表現する、その運用能力全般を指している。
第二外国語である英語が、母語の運用能力をしのぐはずがない。
母語の円の中に、ひと回り小さな円の第二外国語のあるイメージだ。
母語の範囲を広めれば、第二外国語が伸びる「のりしろ」が増える。

「鶏が先か?卵が先か?」に似た、英語と日本語の比較に
初めて腑に落ちた。